妊娠をきっかけに職を失い、夫はどうにも頼りない、という女性。好いた相手がトランスジェンダーだと知り心無い態度を取ってしまう前時代的な警官。ジェンダーに起因する生きづらさを独特の演出とスパイシーなユーモアで描いた悲喜劇『あゝ無慈悲』の解説動画をお届け。

【野村雅夫 プロフィール】 ラジオDJ、翻訳家。大阪のFM802での様々な番組を経て、現在は姉妹局FM COCOLOのモーニングショーCIAO 765を担当。イタリアの知られざる文化を日本に紹介する株式会社京都ドーナッツクラブの代表も務め、映画の字幕制作、コラム執筆や書籍の翻訳も手掛ける。

どうも、野村雅夫です。現代イタリア映画きってのコメディエンヌ、パオラ・コルテッレージ主演作を5本お届けする特集「ゴー！ゴー！パオラ！イタリア娯楽映画の進行形」。今回紹介する作品はこちら！

テーマはジェンダーに起因する生きづらさです。最重要キャラクターが男女一人ずついますので紹介しましょう。まずは我らがパオラ演じるルチャーナ。彼女は夫との間に待望の子供を授かるんですけれども、それが原因で仕事を奪われてしまうんですね。妊娠というのは本来ハッピーなことのはずなのに、その結果として確実に仕事を奪われてしまう。困りますよね。 それでは立ち行かないので、友達のツテでバイトを紹介してもらったりもするんですけれども、だんだんとお腹が大きくなってくると、結局妊娠中であるということがバレてしまって、またクビを切られます。周囲の友達とか、なんなら雇用主もうわべだけでは「おめでとう」とか、「身体いたわってね」みたいなことは言ってくるんですけど、確実に職は奪われていますからね。 もう邦題通り無慈悲そのものなんですよ。現代社会における女性の生きづらさを告発したいという気持ちが、原案と脚本にも関わっているパオラ・コルテッレージに確実にあるんだと思いますね。最重要キャラクターもう一人、男性警官のアントニオです。この人は若い同僚を殉職させてしまったことが原因で、舞台となった田舎町に左遷されてくるんですね。 ところが来てみたら、組織内ではもう噂が広まっちゃってて、警官同士のいじめに遭うんです。困ったもんですよ。そんな彼が出会うのが、移民で、心優しい、しかもセクシーな女性と思いきや、男性。トランスジェンダーであるということがわかったことで、アントニオは心ない言葉を投げかけてしまうんですね。 彼は決して悪い人じゃないんですけど、堅物でシャイでルチャーナと比べると一世代上なんですよ。だから前時代的な考えが、感覚が、すんなりとは抜けないところがある人物なんですね。この二人の話を並行させて、ふとした拍子にクロスさせることで、女性の相対的な地位の低さ、それからジェンダーマイノリティへの根強い偏見、この2つを指摘する、告発する映画だと思うんですね。

我らがパオラで印象に残る場面を一つ挙げますね。彼女を演じるルチャーナが、近所の娘さんに仕事を紹介してあげるんですよ。「自分の職場においでよ」みたいに。それからしばらく経ってからのシーンなんですけど、ルチャーナのほうはクビが決まってしまって、その職場を去ることになるわけです。 ガラス越しにその近所の子を見つめるんですね。セリフはありません。で、去っていきます。その時に画面から消え方がまるで乗っていた船が沈没して水に飲まれていくみたいな感じで消えていくんです。監督ね、ここで近所のその子の目線、下から撮るんですよね。 だからもう水に飲まれていくように見える。それがうまいんですけど。ルチャーナにすればあなたは良かったね。この社会で生き残っていくための救命胴衣を手にしたのね。私の方はもう剥ぎ取られまして、飲まれるしかありません、みたいな感じがするんですよ。 これが非常にうまい演出だなと思ったし、その演出に表情一発で応えてみせるパオラ。これはすごいですよ。ここには何の希望もない。だけど私にはここしかない。だからここにいさせてください、というルチャーナの悲痛な叫び。まさに無慈悲な状況を独自の演出とスパイシーなユーモアで喜劇に仕上げた1本です。

この作品、そして僕たち京都ドーナッツクラブが選んだ他の作品も、ぜひスターチャンネルでご覧ください。

【配信作品】 『環状線の猫のように』 『環状線の猫のようにＰＡＲＴ２：バック・トゥ・ザ・ビーチ』 『マイ・ライフ：インポッシブル』 『こどもたち』